2009年10月27日

ドモ

angie_080801.jpg

+++photo angie+++



ちょっと前になるけど、重松清の「きよしこ」を読んだ。

吃音の少年の話。

小説の中の彼が学生時代につけれたあだなは「ドモ」だった。
ドモる、から。

私は吃音ではないけでも、頻繁に「ドモ」になっている。



心ではあれこれ思っている。

が、実際に声に出そうとすると言葉につまる。

頭で話す順番を決めて整理してからスタートさせていても、
実際に口を開くとスムーズに順を追って話せなかったりする。

そして相手に「え?」とか「それで?」「具体的にどこ?」と聞かれると
「・・・あれ、何だったけか?でもさっきまでは確かに言いたかった。」となる。


これは、小説の中の少年「ドモ」に私もなっている。

ドモは、ドモらないときもある。
それは心の中のおしゃべり。

「心の中では上手におしゃべりできるのに」


私もそうだ。

「さっきまでは、あんなにキレイにまとめていたのに。」

しかしそれは所詮、頭のお話。




その逆もある。

あまり考えずに、パーっとしゃべり始めたら、忘れていたことが芋づる式にでてきて、思わぬ発見があったりとか。

絶対的にこちらの方がリラックスしているし、happyと思う。



その感覚を知っていて、どうして「ドモ」状態になるのか・・・。
理由をあげてみた。

(1)上手くしゃべろうとする。
(2)「私の話はつまらない、伝わりづらいのでは?」
   「これを言ったら相手はどう思うか?混乱させないか?」
  と思うと言葉を探してしまい、詰まる。
(3)心の中の状態が整理されていない。
   口は言葉を発しつつ、心の中で別のおしゃべりが同時進行^^;
   「でもなー。あぁとも、こぉとも思っているしなー」  
(4)言ってしまった言葉は取り返しがつかない、と思う。
  言う前に要検討したい。

ほうほう。

ってことは、
私は『結果至上主義』であり、また『他人の評価』が基準。

コミュニケーションはもちろん相手への配慮が必須なのは当然。

しかしだ。
お話する目的は、自分を表現すること。想いを口に出す、体現すること。



では、私は「どんな風に話したいか?」というと、
・リラックスして
・ユーモアを交えつつ楽しく
・ありのままの自分を お話をしたいなと思う。


うん、やっていこう。


小説の中のドモがどうなったかというと。。。
想いを口に出し、実践し、彼なりの表現方法を見つけていったのだ。
(と、私は受け取った。)


ぴかぴか(新しい)dozen/Ren http://ryu-and-ren.seesaa.net/
ぴかぴか(新しい)Love S Peaceとは? http://lovespeace-ashram.seesaa.net/
posted by angee at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己探究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。